経済指標発表

ある日の上野〜ふるさとへの旅路

わたしは新幹線が出来る前の在来線華やかりし頃の上野駅は知りません。

しかし、いま、当時の上野駅の写真などを見ると夜行列車を待つ人々が長蛇の列をなし、その列は駅だけで納まりませんでした。

列車も食堂車を座席車に振り替えて1人でも多くの人を運ぼうと懸命でした(いまでは信じられませんが)。

やがて東北新幹線が上野まで開通。

その数年後、わたしが中学に入り、鉄道に興味を持った時、上野駅には、電車特急では、「つばさ」、「あいづ」各1往復。寝台特急では、「あけぼの」(3往復)、「ゆうづる」(2〜3往復)、「北陸」、「出羽」。客車急行では「津軽」、「八甲田」、「能登」といった列車が出入りしていました。

もちろん、485系の「ひたち」もいました。

新幹線開業前の全盛期から見れば寂しい限りでしたが、いま、思えばこれだけでもずいぶん賑やかな時代だったのだなぁと思います。

ひるがえって現在、「つばさ」、「あいづ」、「津軽」、「八甲田」、「ゆうづる」といった列車は消え、「あけぼの」も運転区間こそ変わらないものの、上越・羽越線経由になり、牽引機もEF65PFからEF81となりました。

「あけぼの」=奥羽本線経由というのが頭にあるせいか、名称こそ残れどわたしの中ではまったくの別物と言った感じです。485系の「ひたち」もいません。

「北斗星」も長く続いた複数本の時代からついに1往復となり、「北陸」、「能登」、「あけぼの」も残っていますが新幹線が金沢や青森に延びれば消える運命にあると思います。

新幹線も東京発着が原則であり、東北縦貫線ができれば、上野駅は始発・終着駅から「完全に」単なる途中駅になります。

その時、上野駅はどうなるのか?

ここでお見せする写真は、大学生であった1993年9月5日、夜行列車で磐越西線へ撮影に行くとき、上野駅で撮影した写真です。

まだ、わずかに昔の面影が残っていた時代のひとコマです。

初老と思しき男性。じっと我が手を見る。


列車が来るまでのひとときも楽しいおしゃべりの時間。


この子の瞳には何が映っているのだろう。


ふるさとへの列車はまだ来ない、、、


一人ぼっちの帰郷。


ある日の上野

 arts shinkansen   光と遊ぶ〜その5 

















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