経済指標発表

STEP 2 撮影前の準備〜時刻表について

鉄道撮影に欠かせない時刻表の歴史や仕組み、表定速度、最高速度などについて説明しています。

1.時刻表の歴史
2.時刻表の仕組み〜JR線の場合
3.標準発車時刻表とは?
4.乗り換え標準時分が、在来線特急のダイヤを決める
5.客車の列車番号にアルファベットがないのはなぜ?
6.表定速度とは?
7.最高速度には2種類ある



1.時刻表の歴史

(1)鉄道開業時

日本に鉄道が開業したのは、明治5(1872)年10月14日です。
時刻表もこのときから販売されていたかといえば、そうではありません。

この時の鉄道は、新橋〜横浜の間に1日に9往復が走っていたに過ぎず、時刻表を一般に販売する必要はありませんでした。

ですから、この頃の時刻表は、イコール、駅に掲げられたものを指していました。
鉄道開業時の時刻表は、「汽車出発時刻及賃金表」といわれていました。

9往復の列車は、双方を新橋と横浜の間を00分ちょうどに出発、所要時間もすべて53分でした。
時刻表示も、現在は、「9時」と書くところを、「9字」というように、時が字となっています。

時刻と共に、運賃や注意書きも表記されていました。

(2)時刻表の誕生から24時間制の採用まで

鉄道が次第にその路線網を拡大していき、明治22(1889)年に東海道本線が全通すると、時刻表の需要は、飛躍的に増え、これを取り扱う業者も生まれてきました。

いくつかある中で現在の時刻表の起源とされているのが、東京の庚寅(こういん)新誌社という会社が出版元となり、明治27(1894)年に月刊誌として発行された『汽車汽船旅行案内』10月号で、定価は6銭でした。

『汽車汽船旅行案内』は、B6判サイズで、本文65ページ、広告31ページの合計96ページ。
巻頭にはB4サイズの折りたたみ路線図がついていました。


このほか、明治40(1907)年に東京の博文社が月刊誌として『鉄道汽船案内』を創刊。定価は10銭でした。
この前年の明治39(1906)年には鉄道国有化が実施、全国の路線が一体化したことにより、時刻表市場が形づくられていきます。

以下、時代ごとにざっくりと、、、

大正に入り、大正4(1915)年に庚寅新誌社と博文社と、もう1社が合併して旅行案内社が設立されたのにともない新しく『公認汽車汽船旅行案内』が創刊。定価は10銭でした。

ちなみに、大正4年当時、太田胃散が30銭で買え、うな重(並)が40銭で食べられました。

大正14(1925)年には、日本旅行文化協会が鉄道省編纂の『汽車時間表』を創刊しました。
現在の『JTB時刻表』の母体です。

このとき、すでに、後の富士となる特急列車が東京〜下関の間に運転を始めており、時刻表の巻頭には現在でいうところの、新幹線と在来線との乗り継ぎ時刻表のように、特急や急行から下関などで国際航路に乗り継ぎ大陸に行く早見表がのっていました。

なお、ここまでは、時間の表記は12時間制で、午前を明朝体の細字で、午後はゴシック体の太字として区別していました。

また、「時刻表」ではなく、「時間表」といわれていました。
いまの時刻表になれた目で見るとやや違和感を覚えるかもしれません。

現在にも通じる形になったのは昭和に入ってからです。
昭和時代の大きな変化は、24時間制になったことです。

それまでは、午前を細字で、午後を太字として表記していたものを、関門トンネルが開通した昭和17(1942)年に現在と同じ24時間制に変更しました。

呼び名も「時間表」から「時刻表」になりました。

(3)戦後から昭和40年代まで

昭和23(1948)年に、鉄道弘済会(→交通新聞社)が全国版の時刻表を発行。
この時効表は『大時刻表』をへて、『JR時刻表』へと発展していきます。

昭和25(1950)年には、交通案内社が『日本時刻表』を、日本交通公社が『全国時刻表』(小型)を販売しました。
『全国時刻表』は、すでに発行されていたB6判(大型)と合わせた2冊の体制になりました。

昭和30年代に入り、景気の上向きに合わせ全国的に鉄道に対する需要が増加、列車が増発されました。

とくに、昭和36(1961)年のダイヤ改正以降は列車の増発に次ぐ増発で、A6判のままでは見づらくなってきました。
そこで、昭和42(1967)年10月の改正を機会に、日本交通公社が発行している時刻表は、B5判の週刊誌サイズになり、このサイズが現在の時刻表の主流となっています。

この間の昭和40(1965)年には、それまで、一部の難読駅名の読み方だけが紹介されていた国鉄の全駅にひらがなが付けられるようになりました。

(4)そして、JRへ

昭和62(1987)年4月に国鉄は旅客6社と貨物1社に分割民営化されました。

これに合わせ、日本交通公社が発行していた日本国有鉄道監修の時刻表は昭和62年3月号で終了しました。

そして、翌昭和62年4月号を『JNR編集時刻表』(弘済出版社→交通新聞社発行)としてつなぎ、正式に『JR編集時刻表』となって、昭和63(1988)年5月号から誌名を『JR時刻表』にあらため今日までつづいています。

JRとなってからの時刻表は、ライバルである高速バスはハイウェイバスとして、航空機の時刻は航空ダイヤとして、時刻表のページに収め、総合時刻表として進化しています。



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2.時刻表の仕組み〜JR線の場合

時刻表のもとになるものは、JR内で支社ごとに作成される部内資料の『列車運転時刻表』です。

『列車運転時刻表』というのは、いわゆるダイヤグラム(=2分目の列車運行図表)を数字に直したもので主要線区ごとにまとめられています。

市販されている時刻表と比較してみると、列車ごとの配置は発駅をもとにしているので似ていますが、列車運転時刻表の数字はどんなに小さな駅でも着発時刻が秒単位で記載されいる点が違います。

そして、市販されている時刻表には出てこない信号場・貨物駅にも着発時刻が記載されていることです。
ちなみに、着発時刻を記入することを「採時」といいます。

特急・急行など通過を基本としている優等列車は普通列車と別のページにまとめられていることが多いです。

市販の時刻表ではホームの着発番線がのっているのは東京や上野、大阪、京都、博多、仙台、札幌など、多くの列車の起点や終点になる大ターミナル駅だけですが、ひるがえって列車運転時刻表は、特急を待避する駅などにも表示があります。

また、小さな駅でとくに、番線表示がないところは本線(その駅で一番メインとなるホーム)に停まることになっていますので、結局はすべての駅の着発線表示がしてあることになります。

これらの情報を一般の人にわかりやすいように並べ替えて編集したものが市販の時刻表です。



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3.標準発車時刻表とは?

東京や大阪では、列車が頻繁に運転されているため、時刻表では、掲載スペースの関係から一部の線区の時刻が省略されています。

この場合、列車運転時刻表ではなく、『電車列車運行図表』で運転時刻が決められています。
『電車列車運行図表』では、拠点駅の時刻のみがダイヤ上で表され、中間の駅の時刻表示がありません。

中間の駅の時刻はどうするのか?
てきとーにやっているのか。

いえいえ、そんなことはありません。

これらの中間の駅の時刻は、あらかじめ用意されている駅間の『標準運転時分表』によって決められます。
標準運転時分表は、5秒単位で用意されています。

ですが、あくまでも「標準」運転時分表であるので、乗り降りの多い少ないによって時刻が前後する場合があるため、駅に表示されている時刻表も『標準発車時刻表』となっています。

また、団体や臨時の列車が運転されると、直前の列車がいつもの時刻より前に繰り上げて発車となることもあるので気をつけましょう。



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4.乗り換え標準時分が、在来線特急のダイヤを決める

新幹線は最大で16両編成ですね。
16両編成ということは、1両25m×16両で、全長は400mとなります。

この最前部や最後部から下車して階段にたどりつくまでがおよそ100m。
さらに、地上3階から階段を下りて連絡通路を歩くというのは、ときに若い人でもきついですが、これを老人でも余裕をもって乗換えができるように特急列車の発着時刻を設定しなければなりません。

そこで、「新幹線のりつぎ」ページに収録されている在来線特急などは、

『新幹線の着時刻+乗り換え標準時分+余裕時分1〜2分』

という公式が定めれています。

たとえば、JR時刻表2005年12月号「新幹線のりつぎ」ページの東京方面から名古屋での「ひだ」・「南紀」および「みえ」への乗り換え標準時分は、「ひだ」が7分、「南紀」・「みえ」が6分ですが、実際のダイヤ(この場合は名古屋発時刻)は、上記の公式に従ったものになっていることがわかります。

また、新幹線が在来線に乗り入れている山形・秋田の両新幹線は山形・新庄・秋田での乗り換え時間が5分になっています。



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5.客車の列車番号にアルファベットがないのはなぜ?

列車番号は、1〜9999までの4桁の数字と末尾のアルファベット(客車列車はなし)で構成され、下り列車は奇数・上り列車は偶数を使用します。

列車番号の末尾につけられるアルファベットは、電車がM、気動車がD、なにも付かないのが客車列車です。

では、なぜ、客車列車にはアルファベットはつかないのでしょうか?

これは、客車列車が列車の基本というか、客車列車が当たり前だったからです。

客車列車が主力で、電車列車や気動車列車は、それを補完するだけの時代に客車列車と区別する必要性から電車列車にはM、気動車列車にはDというアルファベットができたのです。

しかし、数多くの列車が行き交う大都市やその周辺では、615T、440K、1955S、2104HなどMやD以外のアルファベットをつけています。

こうしたアルファベットは、関東では、中央線快速や埼京・川越線、横浜、横須賀・総武快速線などで、関西では、関西本線・阪和線などで見られます。

また、新幹線は、東海道と山陽がA、東北がB、上越がC、長野がE、九州がFで、山形・秋田の両新幹線は、在来線区間はM、新幹線区間は東北のBというように、全列車統一されています。



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6.表定速度とは?

鉄道で最も使われることの多いデータです。

鉄道の運行計画をつくる時に、A駅からB駅まで運転した時の、途中駅での停車時間も含めた基礎データとなるものです。

データを分析した結果を一覧表にしてデータとして用いることから「表定」といわれています。

表定速度=運転区間の距離÷運転時間(走行時間+停車時分)

たとえば、のぞみ1号の東京〜博多間の表定速度は、

1174.9km(東京〜博多間の営業キロ)÷4.58(運転時間4時間58分)=256.528…となり、
約257km/hということになります。


これに対して、平均速度は停車時分をのぞいた実際の運転時間で、運転区間の距離を割った速度のことです。

平均速度=駅間(または運転区間)の距離÷走行時間

同じように、のぞみ1号の東京〜博多間の平均速度は、

1174.9km(東京〜博多間の営業キロ)÷4.47(実際の走行時間4時間47分)=262.841…となり、
約263km/hとなります。

(※停車時間は、発時刻のみの表記は1分停車として、新横浜〜小倉間で合計11分と計算しました)


この計算例のように、平均速度は、停車時間を入れないため、表定速度を上回りますが、列車の速さを比べる際には、表定速度を用いるのが一般的です。

(営業キロと所要時間は、JR時刻表2005年12月号に掲載のものです)



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7.最高速度には2種類ある

ちなみに、最高速度という言葉もよく耳にしますが、厳密にいうと、この言葉には2つの意味があります。

ひとつは、勾配や、カーブ、軌道による制限など走る線区の線路条件によって定めたものと、車両の性能の1つとして車両が出せる最高の速度というものです。

車両の性能の1つとして車両が出せる最高の速度というのは、昭和43(1968)年10月改正、いわゆる『よん・さん・とう』以来、平成元(1989)年に651系が130km/hで走るまで、長い間120km/hでしたが、これは、『非常制動による制動距離は600m以下とする』という鉄道運転規則によるものです。

簡単にいえば、最高速度で急ブレーキをかけたとしたら、600m以内に停車しなければならないという規則にとめられていたのです。

車両の性能としては120km/h以上は出せたのですが、600m以内でとめられなかったのです。
651系「スーパーひたち」では、ブレーキに電気指令式空気ブレーキを取り入れたので、この規則をクリアーできたのです。

湖西線や北陸トンネル、青函トンネル、ほくほく線では140km/h〜160km/hでの運転が行なわれていますが、これは踏切がないために特別に許可されたものです。








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