経済指標発表

フィルムの基礎知識〜ダゲレオタイプ、湿板法、乾板

フィルムが生まれる前

(1)ダゲレオタイプ

最初の実用的な写真技法であり、現像と定着の基礎をつくりあげました。

1837年、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(1787〜1851)が完成させ、1839年フランスの科学アカデミーに承認されました。

ダゲレオタイプは、銅版の上に銀メッキをほどこした銀板写真でした。
ちなみに、銀と写真の関係は、このときから始まっており、長い付き合いであります。
牛もフィルムとは、切っても切れない縁です。それは、フィルムのある材料に用いているからです

さて、このダゲレオタイプ。銀の板をぴかぴかに鏡のようにみがきあげて、ヨード処理を行なうと、表面に光に感じる、つまり、感光性を持った膜ができます。

これをカメラに入れて撮影(露光)させるのですが、はじめのころは、天気の良い日でも30〜50分もかかりました。

風景はよいですが、人物の場合には、いすにしっかりと腰掛けさせ、首の後ろに、首押さえをつけて動かないようにしました(撮られる人も苦痛だったと思います)。

現像は、水銀蒸気にあてます。すると、光のあたったところに水銀がついて出来上がりです。
画像の定着には、塩化ナトリウムの溶液に浸しました。
(塩化ナトリウムの溶液に浸せば、画像が定着できることを発見したのもダゲールです)

ダゲレオタイプは、銀板上に直に完成した画像ができますので、焼き増しや引伸ばしができません。
また、実際とは左右が入れ替わった画像になっていましたが、こちらは、レンズの前にプリズムを置くことで解決しました。
ダゲレオタイプのカメラの写真
1839年には、ジルーという人が右写真のダゲレオタイプのカメラを製作し、一般向けに大量生産・販売された世界で最初のカメラとなりました。

その2年後には、ダゲレオタイプのカメラをオランダ人が長崎に持ってきました。そして、薩摩藩主である島津斉興(しまづ・なりあき)に献上しました。

最初にダゲレオタイプの撮影法の教わった長崎の学者、上野俊之丞(うえの・としのじょう。日本最初のプロカメラマンの1人である上野彦馬の父です)が1841(天保12)年6月1日、島津斉彬を撮影したといわれています。

上野俊之丞が日本での写真家第1号であり、島津斉彬は被写体の第1号となったのです。

これを記念して6月1日が写真の日になりました。

ダゲレオタイプの欠点は、感度が低く(ISO100の20万分の1)、銀板を使うため重く、費用もかかりました。
また、当時のレンズは、F14ととても暗いレンズでした(これでは、時間がかかります)。

しかし、写真が一般にひろがるきっかけとなり、その過程で日本にやってきたのは大きかったと思います。

(2)湿板法

ダゲレオタイプが承認されてから12年後の1851年、コロジオンというものが発明されて湿板写真術ができました。

湿板法は、ガラス板にヨードコロジオンを塗って一度乾かし、硝酸銀を水に溶かした液に浸すと、感光性を持ちます。そして、ぬれたままの状態で撮影し、特殊な現像法と定着を行なうとグレーのネガができます。

ちなみに、湿板法というのは、ガラス板がぬれた状態でしか撮影ができないことからきています。

グレーのネガを黒布の上に置いて完成した画像となります。
また、ネガですので、鶏卵紙という湿板法とともに、発明された印画紙に焼き増しができました。

印画紙に焼き付けるという現在の写真プリントと同じスタイルができたわけです。

湿板法は、ダゲレオタイプよりも感度が高く、費用の面でも安いものでした。

湿板時代の写真家の撮影中の姿と暗室用のテントしかし、前述のように、ガラス板がぬれていなければ、撮影・現像ができないという欠点があり、当時の写真家は、左の絵でわかるように、撮影に出かける度に、暗室用のテントと、ヨードコロジオンを塗ったガラス板と、硝酸銀の液を持ち歩いて、1枚撮るたびに硝酸銀の液に浸していました。

その姿は、右の絵のように、まるでキャンプや登山にでもいくようなものでした。湿板時代の写真家が野外撮影に出かける図
(中には、馬車を暗室に改造し撮影に出かけた人もいました)

また、硝酸銀の液は指に触れると、茶褐色になり、簡単には落ちません。おまけに定着には、青酸カリという大変な劇薬を用いていましたので、食べものにも触れませんでした。

湿板時代の写真家は、大変でした。

(3)乾板

湿板法が発明されてから27年後の1878年ごろにイギリスで発明されました。

ガラス板にフィルムの原理と同じ感光乳剤を塗ったものです。乾板の発明と一般への販売が、写真が世の中に広くに普及するきっかけになりました。

日本でも文明開化で積極的に西洋文明を取り入れていた時代、カメラと共に乾板や印画紙を輸入したので、写真が一般国民の記録に使われるようになりました。

乾板は、ガラス板にフィルムの原理と同じ感光乳剤を膜状に塗ったものですが、その膜に使っていたものはゼラチンでありました。

ゼラチンは、高級品ですが、感光材料のハロゲン化銀とは、とても相性がよく、今日でもフィルムの乳剤層を固めるために使われています。



つぎのページは、「フィルムの誕生」 です。








▲このページの一番上にもどります

>> STEP 1 もくじ に戻ります
>> Railway Photograph のトップに戻ります

STEP1 「機材の基礎知識」 | STEP2 「撮影前の準備」 | STEP3 「撮影テクニック」 | STEP4 「撮影後の保存・整理・加工など」 | 鉄道写真館 | 鉄道の本 | 鉄道DVD
撮影の準備 | 鉄道関係リンク集 | 写真関係リンク集 | RailwayPhotographについて | リンク、バナーについて | スポンサーのお願い | 自己紹介、写真観、メール
サイトマップ
航空券 格安 当日 | 夜行バス 大阪 東京 | 寝台特急で旅行しよう! | 無職の人がお金を借りる方法
Copyright(c) 2004-, keizo All Rights Reserved.