経済指標発表

STEP 1 機材の基礎知識〜35ミリ一眼レフカメラとは?

35ミリ一眼レフカメラの歴史などについて。

1.カメラの歴史について
2.35ミリは何を指すのか、どこから来たのか?



1.カメラの歴史について

現在の一眼レフカメラにいたるまでには、歴史があります。
直接、撮影の役に立つというわけではありませんが、現在のカメラの基本は、ここにあるわけですし、多少のうんちくは、知っていると、語れてカッコいい(良くないかな?)のではないでしょうか。

(1)一眼レフカメラとは?

一眼レフは英語で「シングルレンズレフレックスカメラ」といいます。
一眼=シングルレンズ=1つのレンズ。
レフレックスは、「反射」、「像を映し出す」、「(鏡などに)映った姿」といった意味。
だから、「一眼レフ=1つのレンズで像を映し出すカメラ」になります。

(2)カメラオブスクラから乾板まで

一眼レフの原型は、「カメラオブスクラ」(ラテン語)です。

カメラオブスクラというのは、「暗い部屋」という意味です。
カメラという言葉は、ここから誕生しています。

カメラオブスクラが登場した頃は、レンズもなく、穴から光を通すだけのモノでしたが、16世紀頃からこの穴にレンズをつけて光が集まりやすくなったことで明るくなり、画家のスケッチ道具として発展してきました。

カメラオブスクラの構造を詳しく見てみます。
まず、小さい箱に穴を開けてレンズを付けます。

カメラオブスクラで像をなぞっているところそして、箱の中に鏡を斜め45度に置き、その上方にすりガラスを設けます。
鏡は、レンズを通過した光を上に向け、すりガラスはその光を投影するためのモノです。
このすりガラスに写った像をなぞっていたわけです。

このすりガラスをペンタプリズム(カメラの真ん中のデッパリです)に置き換えれば・・・。

そうです。

つまり、もうこの時点で、今日の一眼レフカメラの基本的な構造は完成していたわけです。

ここからは、フィルムの感度の向上とサイズの小型化、カメラの小型化の歴史となります。

基本的な構造において完成していたカメラオブスクラの画像は、素晴らしいモノがあり、「スケッチだけではもったない」と言ったかどうかはわかりませんが、これを残す方法はないものかといろいろな人によって研究がなされました。

そして、1839年にフランス人のルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによって銀板法が完成、ここに写真術が誕生しました。
この銀板法は、ダゲレオタイプとして写真の普及に役立ちました。

また、1851年には、イギリス人のアーチャ―という人が、湿板法を完成させましたが、ダゲールの銀板法と同様、この当時のフィルムの感度が低かったので、カメラ構造そのものは、大きな差はありませんでした。

写すモノも、動かない風景や肖像写真でした。

1878年ごろにイギリスで乾板(「かんばん」と読みます)が発明されました。

乾板とは、磨き上げられたガラス板の上に感光材料を塗ったものです。

この乾板の登場によって、カメラも進歩します。

それまでは、できなかった手持ち撮影(カメラを手で持って撮ることです)ができるようになり、シャッターを備え、1枚1枚撮るごとに乾板を送る装置を装備するようになりました。

この送る装置は、現在のフィルムの主流であるロールフィルム(金属のケースの中にフィルムをしまいこんであるタイプのフィルムです)が登場するまでの間、いろいろなタイプがつくられました。

(3)ロールフィルムの登場

1888年、アメリカのイーストマン社がアマチュア向けにロールフィルムをカメラに入れて販売を始めました。

カメラには、100枚のフィルムがセットされており、撮影が済むと、イーストマン社に送り、そこで現像とプリントをし、カメラには、新たにフィルムをセットした上で、お客に送り返しました。

(たとえて言えば、使い捨てカメラで撮影し、プリントに出したら、サービスで、使い捨てカメラ1台がついてきたという感じでしょうか)

さらに、1900年には、ブローニーカメラを一般人にも手の届く値段で大量に販売しました。

そして、35ミリフィルムの登場となります。

ですが、入れ物である35ミリ一眼レフカメラが生まれるまでまだ、30数年あります。



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2.35ミリは何を指すのか、どこから来たのか?

(1)35ミリの由来について

35ミリフィルムの模式図


幅36mm×縦24mmのフィルムは、35ミリフィルムと言われています。
これは、フィルムの画面の幅が35ミリ(手元にあるフィルムを測ったら34.8mmぐらいでした)のためです。

35ミリフィルムは、もともとは、映画用フィルムとして使われていたものです。。
1914年、ドイツ、ライツ社のバルナックという人が、35ミリ映画用フィルムを使ってライカの試作機を作り、1925年に販売されました。

一方で、1932年、ツアイス・イコン社は、これに対抗してコンタックスを販売しました。
これをきっかけにライツ社とツアイス・イコン社はライバルとしてしのぎを削り、カメラも高級化しました。

(2)パトローネの登場

パトローネとは、35ミリフィルムをロール状態で巻き込んでいる円筒型の金属製収納ケースです。

すべての35ミリカメラで使用できます。

そのきっかけは、1934年に、ドイツ・コダック社がレチナという35ミリカメラの製造を始たことです。

そして、ドイツ・コダックは、レチナ用に、使い捨てのフィルムパトローネを開発しました。
このパトローネは、現在では、国際規格となって、35ミリカメラの普及に貢献しています。

(3)その後の35ミリカメラ

その後、35ミリカメラは、1936年にイハゲー社が世界最初の35ミリ一眼レフカメラとして、キネエキザクター一眼レフカメラが登場、第2次大戦後の1949年に、東ドイツ(当時)のツアイス・イコン社がコンタックスSを製造しました。

コンタックスSは、はじめてペンタプリズムをカメラに内蔵したカメラです。

以後は、

1954(昭和29)年
クイックリターンミラーが発明され、アサヒフレックスUBに搭載されました。
1963(昭和38)年
トプコンREスーパーが、TTLを内蔵した一眼レフとして販売されました。
1971(昭和46)年
最初のAE一眼レフ(この時は、絞り優先でした)として、ペンタックスESが完成しました。
1973(昭和48)年
シャッター速度優先AEとして、コニカオートリフレックスT3が登場しました。
1977(昭和52)年
シャッター・絞り優先を選べるAE一眼レフとしてミノルタXDが登場しました。
1970年代後半〜80年代
プログラムAE、ワインダー内蔵、オートフォーカスカメラの登場

そして、近年のデジタルカメラという流れで現在にいたっています。








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